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文理分断の歴史 - 大学とはなにか? (2)

 

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 まず、前回からのまとめです。文理の対立を煽るもの。それは不足=社会不安ということがわかりました。そして、社会不安解消のために”人文社会科学系の学部の廃止”を勧め、社会を安定させようという政府の方針がわかりました。しかし、件の記事ではその改革に疑問を投げかけています。 

 

「学問を通じて懐疑を学び、教養が生まれ、自信が表れ、自己判断が可能になる。革新は自己判断無しには生まれ得ない。経済優先の考えは正反対の結果を招く」と國分功一郎は警鐘を鳴らしている。

大学とはなにか?|GQ JAPAN

 

 そうなると、再度考えなければならない。何故企業が求める即戦力の人材は”文系<理系”と考えられているのか? ほんとに社会貢献しているのは”文系<理系”なのか? 文系のいう社会幸福って何だ? そもそも文系理系の学問の扱いの差って何なのだ? 今日はがんばってこの疑問符の山を解きほぐしてみましょう。

 

  目 次

1.文系・理系の違いって何?

2.文理分断の歴史

3.まとめ

  

 1.文系・理系の違いって何?

 

 そもそも、文系・理系の違いって何だろう? どうも日本では高校ぐらいから現れるこの学問境界線。「数理の出来るやつが理系側、出来ないのが文系側」なんて分かれ方をしていなくも無い。(この辺が文理紛争で文系が弱い理由でもある)けれども、共に同じ学問だ。同じ学問である以上共通項は真理の追求のはずだ。そこで、とりあえずwikipediaさんに聞いてみた。

 

 文系とは、主に人間の活動を研究の対象とする学問の系統とされており、理系とは、主に自然界を研究の対象とする学問の系統とされている。また、理系分野は科学で、文系分野は非科学であると主張し、同時にそれが文理を分ける区分であると見る物も散見される

文系と理系 - Wikipedia

 

 抜粋してみたが、その記事の長さたるや…目次だけでゲンナリだ。要するにみんなよく分からないのである。仕方が無いのでここは自説を押し通すことにする。個人的な文理境界線は使用言語(言葉と記号)だと考える。どういうことか? なるべく簡単に説明してみる。

 

 ・人文学問とは?

 学びの始まりは「なんだこれ?」だ。よく分からないものがある。だから人間は考えた。「どうしてこうなっているのか?」こうして人間は思考してきた。

 やがて、言語が発明された。「俺はこう思うんだけれど、君はどう思う?」が出来るようになった。”学びて問う”つまり、学問の始まりである。

 そして、文字が発明された。「俺はこう思う」を記せるようになった。つまり、人の思考が文章として記録が出来るようになった。これを究めることが”人文学問”である。

 

 ・数理学問とは?

 あるとき”数”(記号化)が発明された。「これは1だ」と言えるようになった。そして、”数”(記号)で考えを記すものが現れた。つまり、人の思考を記号へ置き換えて記録出来るようになった。これを究めることが”数理学問”である。

 しかし、皆一度は考えるだろう「完全に同じ"1"などありえない。だから"1+1=2"は現実にはありえない」と。数(記号化)とは当て嵌めである。数が「1だ」といえば、あれも1となり、これも1となる。数(記号化)はそのような戸惑いを一切許さない。暴力的であるが故に普遍性を持つ言語なのだ。

 

  2.文理の分断の歴史

 

 文理の違いは使用言語の違いである。賛同して頂けただろうか? ここからはその分断の歴史を検証してみよう。両者は使用言語は違えども、学問である以上目的は同じはずだ。しばらくは互いが認め合い、批判し合って互いに真理を追究していった。

 

 ・組織宗教に組する人文学

 第一の分断の契機は宗教の組織化だろう。組織宗教はその正当性を人文学の真理に求めた。ある種の文系学問はその一端を担い大いに発展したのだ。人文学全盛の時代である。その陰である種の理系学問は異端とされ迫害されることもあった。

 ※キリスト教を想像してしまうかもしれないが、ここでは宗教全般を指す。それぞれ程度の差こそあれ例外ではない。

 

 ・科学的手法による再考証

 近世に入ると科学が生まれ、あらゆるものが科学的手法により再考証を受けることとなる。学問は新たな段階へと進歩を始めた。印刷技術の発達と共に文系学問は大衆化を始め、大きな社会エネルギーとなった。その一方で、組織宗教は弱体化を始める。

 ※科学的手法とは理系学問だけのものではない。文系学問も大いにその再考証を受けている。

 

 ・市民革命・産業革命

  その後の両者の学問領域は乖離していったが対立していた訳ではない。文系学問は市民革命を、理系学問は産業革命をそれぞれ成し遂げた。共に文明の進歩に大いに貢献したのだ。

 

 ・近代戦争と科学技術の隆盛

 両者の第二の分断の契機は近代戦争の勃発だろう。近代戦争は新兵器を求め、厖大なリソースを科学技術へと注ぎ込んだ。科学技術は大いに発展し、理系学問は隆盛を極めることとなる。

 ※戦争について理系学問を悪く言うつもりは無い。戦争の要因は文系学問の領域でもある。

 

 ・資本主義と社会主義闘争の末に

 資本主義経済の下、発展を遂げた科学技術はあらゆるものが大衆化した。初めて大衆は理系学問の恩恵を受けることとなる。大衆の理系学問への期待は一気に膨れ上がった。また、冷戦下でさらなる技術開発競争が続いたことは言うまでもない。

 学問も科学技術の恩恵を受けた。マスメディアの発達である。マスメディアは学問を徐々に大衆化をした。だが、それは一部の学問を娯楽へと変容もさせている。

 

 ・社会主義国の崩壊と暴かれた現実

 ソ連の崩壊によって冷戦は終結した。マスメディアは高らかに資本主義の勝利を喧伝し、大衆はその勝利に酔いしれた。だが忘れてはならない、当時の社会主義とは文系学問の先端である。そして、それに勝利した資本主義も文系学問の一翼だ。この争いを学問という領域で考えるならば以下のようになる。

資本主義=文系学問

社会主義=文系学問

科学技術開発競争=理系学問

 

 なんのことはない。この紛争とは文系学派の争いであったのだ。この紛争の末に残されたのは、同門で争い弱体化した文系学問と、急速に発展し大衆の支持を得た理系学問である。

 ※ここで文系学問/社会主義を貶めるつもりは無い。今私たち労働者が自由を謳歌しているのも文系学問の成果である。この資本社会主義闘争は、結果的に両者の良い所取りを上手く実現した資本主義が勝った。資本主義が社会化したのだ。このようにも言える。

 

 3.まとめ

 

 簡単ではあるが、文理分断の歴史を考察してみた。ここから近年の文系学問の不利を読み取れるのでないだろうか。以下に箇条書きにまとめてみる。

・近代戦争によってリソースを得た理系学問の興隆。

・科学技術の大衆化による理系学問の社会貢献。

・文系学問の内輪もめによる社会的衰退。 

 

 次回は窮地に立たされた文系学問の放つウルトラC的変化と現在日本の特殊性を交えながら、残りの疑問符を片付けていきたい。要するにこの辺である。今回いくつかは紐解けたと思うが如何だろうか?

・何故企業が求める即戦力の人材は”文系<理系”と考えられているのか? 

・ほんとに社会貢献しているのは”文系<理系”なのか? 

・文系のいう社会幸福って何だ? 

・そもそも文系理系の学問の扱いの差って何なのだ? 

 

次回へ続く。

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蛇足…

 疲れた…そして終わらなかった…。書きながら、「俺こんなこと言いたかったんだっけ?これ面白いのか?」という疑問がフツフツと。。。これが終わったら俺、もっとハッチャケた記事を書くんだ!そう信じた僕は碌に校正もせず公開ボタンをポチって次へ向かうのであった。

 

 前回の記事はこちら

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