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Baicaiの欠片

なんちゃっ哲学はじめました

テキトーに哲学史の話をしよう - 第12回 番外編 古代哲学はどうしてこうなった!?

  西洋哲学史 (上巻) (岩波文庫 (33-636-1))

はじめに

 「哲学って何? 食べられるの?」っと哲学が一般に良く分からないモノとされている原因は、”今”に繋がる哲学史が一般に理解されていないからという気がします。なんちゃっ哲学を騙る当ブログではありますが、実は私もその辺は大昔に概論しかやっておりません。

 そこで哲学を知りたければ哲学史を学ぶのが一番だ! っと言うわけで、今日はちょっと初心に帰って哲学史をテキトーに学び直してみることにしようと思います。参考文献はたまたま手に入った『シュヴェーグラー西洋哲学史』です。

 

Q1.祝:第一部 完

哲学史的哲学区分

・古代哲学(ギリシャ、ローマの哲学)

前期イオニア哲学~新プラトン主義 (第1回~第11回)

・中世(神学的哲学)

・近世哲学

哲学史的に哲学は三つの時代に分けることができますが、本シリーズも前期イオニア哲学から始まって、ついに新プラトン主義まで終わりました。これで古代哲学は終了です」

「いやぁ、長かったねぇ。まさかここまで続くなんて思ってもいなかったよ」

「ほんとですね。そして、次回から中世の哲学をはさんでいよいよ近世哲学に入ります。参考文献もついに下巻入りです! 下巻は上巻にもまして文字が小さく凝縮されている感じがします。果たしてどこまでいけるのやら」

「それにしても、古代哲学って”神様以外で自然を説明する原理を見出すこと”のはずだったのに、最終的に”私=神様だ!”って神様に帰ってきちゃったけれど、それでいいの?」

「たしかに、結果だけを見るとギリシャ哲学は尻すぼみに見えて、どうしてこうなった!?っという気がします。私も独学でやっているのでなんとも言えないんですが、哲学史的にまとめて考えると「まぁ、そんなもんかな」っという気もしますね」

「うーん。いまいち釈然としないんだけれど...」

「では、第一部完!ということで総集編的に古代哲学の流れを振り返ってみましょうか。今回の解釈は直接的な教本が無いので独学的解釈を多く含みます。そのあたりには注意してください」

 

Q2.主観と客観 万物の根源はなんとやら

・イオニア哲学(客観)

自然は「水」「空気」「原物質」で出来ている

ピュタゴラス学派(抽象的客観)

自然は「数」で出来ている

・エレア学派(客観)

自然は「有」で出来ている

ヘラクレイトス、エンペドクレス(客観)

自然は「成」「四元素+愛と憎しみ」で出来ている

・アトム論者(客観)

自然は「アトム」で出来ている

・アナクサゴラス(客観)

自然は「ヌース」で出来ている

ソフィスト(主観)

自然は「人間」で出来ている

ソフィスト以前の哲学とその根本原理を並べてみました」

「こうしてみると、ソフィスト以前は客観的なモノを根本原理に掲げているんだ」

「細かく言うと、「有」「成」「ヌース」あたりは思考的物質とも取れますし、徐々に客観から主観っぽいものへと移行しているとも言えるのですが、彼らはあくまで自然を説明しようとしていたので「客観」と言っても良いでしょう」

「たしかに、自然は何でできているかの答えが、根源物質と考えればすっきりくるね。ソフィストの「自然は人間でできている」はなんかおかしい!」

「ちょっと注目してほしい点は、アナクサゴラスはギリシャアテナイへ哲学を伝えた人でもあるのです。だから、アナクサゴラス以後が本当のギリシャ哲学といえるのかもしれません」

 

Q3.主観と客観 万物の根源はなんとやら

ソフィスト(主観)

「人間」

ソクラテス(主観)

「理性」

・小ソクラテス学派(主観)

「徳」「快楽」「善」

プラトン(客観?)

イデア

アリストテレス(客観?)

「質料と形相」

ストア学派エピクロス学派(主観)

「認識」「幸福」

懐疑論(主観)

「正しい認識はない」

・新プラトン主義(主観=客観)

「本源的一者=神」

「同じようにソフィスト以後の哲学とその根本原理です。”自然は○○で出来ている”ではおかしいので消しました。ここからがギリシャ哲学ともいえますね」

「こっちは主観が多いね」

ギリシャ哲学の哲学的興味は、自然ではなく、人間の世界、主観の世界にありました。何故急に哲学の現場が主観の世界に移ったのか。それはギリシャ哲学がギリシャという都会人の哲学であったから、といえると思います」

「都会人の哲学!?」

「イオニアの哲学やその辺の哲学は、まだ自然がたっぷり残っていた町で行われていました。だから、その自然を探求することが彼らの哲学であったのです。しかし、ギリシャ哲学の頃になると様々な都市が形成されていきます。文明が発達して都市に人が住むようになると、人びとの興味は自然から人間へと移っていきました。だから、ギリシャ哲学は人間探求が中心になったのです」

「周りが自然ばっかりだったから、自然のことを考えていたけれど、周りが人間ばっかりになったら人間のことを考えだしたってことか。でも、プラトンアリストテレスはなんか違うよね」

「そうなんです。ギリシャ哲学においてプラトンアリストテレスはちょっと特殊です。そして、この両者にはある共通点があるのです。次にそこをまとめてみましょう」

 

Q4.プラトンアリストテレスの共通点

プラトン(主観+客観)

「人間があり、その目指すべき方向としてのイデアがある」

アリストテレス(主観+客観)

「人間があり、その目指すべき方向としてイデアがあり、そのイデアの仕組みとして質料と形相がある」

「両者の共通点は広く知識を求めてギリシャを出ているというところです。プラトンソクラテスの死後ギリシャを出てメガラ、キュレネ、エジプト、南イタリア、シシリアの辺りを旅しています。アリストテレスもまたプラトンの死後小アジアに移りアレクサンドロス大王の教師として幅広い世界の研究を行っています」

「二人ともギリシャに留まらなかったってことか」

「だから、両者とも自分の思想にギリシャ以外の思想をふんだんに取り入れることが出来たといえるでしょう。両者とも同じように学問の収集者であり、同じように学問の編纂者であったことを考えると、プラトンアリストテレスの思想は、ギリシャ的な主観+イオニア的な客観と考えることができませんか?」

「あー、たしかに」

「だから、ギリシャ哲学においては、プラトンアリストテレスの両者が少し特別なのです。今の私たちは、学問的に両者の偉大さを知っていますから、ギリシャ哲学が妙に尻すぼみになってしまったように思えますが、両者を抜きにして”人間を探求する”というギリシャ哲学を考えると”私の世界=神の世界”という新プラトン主義の結末は妥当かなと思えます」

プラトンアリストテレスだけ少し大きな目線で世界を考えてたってことか。二人は特殊なグローバル的人物ってことだね!」

 

Q5.プラトンアリストテレスを抜いたギリシャ哲学

ソフィスト(主観)

「人間はどうあるべきか」

ソクラテス(主観)

「理性に従って行動すべき」

・小ソクラテス学派(主観)

「徳」「快楽」「善」に従って行動すべき

ストア学派エピクロス学派(主観)

「認識」「幸福」に従って行動すべき

懐疑論(主観)

「正しい認識はない」から諦観に従って行動すべき

・新プラトン主義(主観)

「正しい認識とは本源的一者。つまり神」に従って行動すべき

「このようにまとめなおすとどうでしょう?」

「なんか繋がりがすっきりした気がする」

「こうすると、ギリシャ哲学は”人間から始まり、人間を探求した結果、”人間の世界”=”神の世界”という結論にたどり着いたともいえます」

 「ギリシャ哲学は元々人間はどうあるべきかってことを考える学問だったってことか」

「そこにプラトンアリストテレスがグローバルな視点を持ち込んだので少しややこしいのですが、両者もこのような人間を考える哲学とするならば、それほど大筋は外れていないとも言えます」

プラトンアリストテレスギリシャ哲学におまけを沢山持ってきたら分かりにくいだけで、”人間はどうあるべきか”を考えてたって点では同じってこと?」

 

Q6.人間はどうあるべきかを考えるギリシャ哲学の系譜

ソフィスト(主観)

「人間はどうあるべきか」

ソクラテス(主観)

「理性に従って行動すべき」

・小ソクラテス学派(主観)

「徳」「快楽」「善」に従って行動すべき

プラトン(主観+客観的なグローバル視点)

イデア」に従って行動すべき

アリストテレス(主観+客観的なグローバル視点)

イデアの質料と形相という仕組み」に従って行動すべき

ストア学派エピクロス学派(主観)

「認識」「幸福」に従って行動すべき

懐疑論(主観)

「正しい認識はない」から諦観に従って行動すべき

・新プラトン主義(主観)

「正しい認識とは本源的一者。つまり神」に従って行動すべき

「私見ではありますが、このように捉えるが正しい哲学史観かなと思います」

「イオニアの哲学は自然を説明しようとする哲学で、ギリシャの哲学は人間はどうあるべきかを考える哲学。この二つはそもそも発想が違ったんだね」

「おそらく、イオニアの自然学的な哲学も続きがあったはずなんです。そして、その断片をプラトンアリストテレスが拾っている。私はそれを説明できる典拠をもっていませんのでなんともいえないのですが、もっと詳しい方なら分かるかもしれません」

「分かる人が居たら教えてください!」

 

Q7.おしまい

哲学史的哲学区分

・古代哲学(ギリシャ、ローマの哲学)

イオニア哲学~新プラトン主義 (第1回~第11回)

・中世(神学的哲学)

・近世哲学

「以上のように考えると、中世の神学的哲学もすんなり入り込めるような気がします」

「なんていったって、ギリシャ哲学の終わりが”神に従って行動すべき”だもんね」

「本稿より先走ることになってしまいますが、近世哲学も神的発想を超えて、自然を探求するところから始まります。いってみれば、ギリシャの哲学とイオニアの哲学の融合が近世哲学と言えるのかもしれません」

「上っ面を撫でただけの哲学史だけれど、ごちゃごちゃしていた流れが理解できればいいね」

「本当は各学派が抱えている論理体系であるとか、自然体系、倫理体系などをまとめて比較したほうがいいんでしょうけれども、今で一杯一杯なのです。もし興味を持った方がいらっしゃいましたら各自で勉強していただければ幸いです」

「それでは、つづきを乞うご期待!といいたいところだけれど、参考文献も下巻になって今以上に細かくなる文字。より複雑に専門となる内容。果たして君は乗り越えることが出来るか?」

「奇特な方がいらっしゃれば、お付き合い頂ければと思います。それでは」

 

 つづく

 

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