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Baicaiの欠片

なんちゃっ哲学はじめました

老子的発想で考える - 本当に”できるヤツ”とは?

はじめに 

 久々に中国哲学シリーズです。さて、いきなりですが質問です。皆さんの中に所謂”できる人”は居ますか? もしくは皆さんの周りに”できるヤツ”は居ませんか? 実はみんなが心の中で密かに目指している”できるヤツ”! 果たして本当に”できるヤツ”とはどんなヤツなんでしょうか? 今日これを哲学してみたいと思います。

できるヤツは持っている「教えられ上手」の仕事力バカなのにできるやつ、賢いのにできないやつ

「さて、適当に現代の”できるヤツ”本を並べてみました。こうしてみるといろんな”できるヤツ”が存在しています。ですが、そもそも”できるヤツ”って何ナンでしょうね?」

「この本みたいに、仕事ができるとか、人間ができてるとか、なんか何でもできる人のことを指す気がするね。会社とかグループに一人は居るリーダー役ってことかな?」

「それでは、皆さんは自分を”できるヤツ”だと思っていますか? 思っていたら心の中でそっと手を挙げてみてください 」

「……(ニヤリ)……」 

 

 https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/3/3a/Lao_Tzu_-_Project_Gutenberg_eText_15250.jpg/200px-Lao_Tzu_-_Project_Gutenberg_eText_15250.jpg老子 - Wikipedia

「それでは、老子的発想で”できるヤツ”について考えてみたいと思います」

「え? でも老子って道教の人でしょう? 世捨て人の仙人にでもなるの??」

「誤解されているかもしれませんが、老子自身は周の国で司書をしていた人です」

「あれ? 仙人じゃなくて国の偉い人??」

「そうなのです。そして『老子』という書物は、老子が引退する際に頼まれて書いた”役人心得”的な書物です。だから、今の本に負けないぐらい現代に通じる教えが書かれていたりするのですよ! 今の役人様にも是非読んでもらいたい書物です」

「2000年前の本にも”できるヤツ”講座が書いてあるんですか?」

「そうなんです。書いてあるんです。さてさて、2000年前のできるヤツとははたして!?」

 

 

「大道廃、有仁義。智慧出、有大偽。 六親不和、有孝慈。国家昏乱、有忠臣。」

老子『大道廃有仁義(大道廃れて仁義有り)』現代語訳・書き下し文と解説 / 漢文 by 走るメロス |マナペディア|

「今日取り上げる『老子』の文言はこちらです。例によって打ち込むのが面倒なので、他所から頂いてきました」

「大道廃れて仁義有り。何かカッコイイ言い回しだね!」

「あれ? 恒例のアイヤーシェシェザイチェン! じゃないんですか!?」

「久々だけど短いし何かちょっと慣れたし」

「それじゃあ、簡単に和訳していきたいと思います」

 

「大道廃、有仁義。」

大道が廃れたからこそ、仁義が必要とされるのだ。

「大道とは道家の考え方で理想の状態を指します。だから、理想的な状況が崩れて世の中が乱れている。だからこそ、人びとは仁義が必要だ!っと叫んでいるのです」

「いきなり世紀末!?」

「逆に捉えるならば、理想の状態ならば仁義なんて必要ないというわけですね」

 

「智慧出、有大偽。」

知恵を働かせるからこそ、偽りが広がるのだ。

「同じように続きます。知恵を用いて制度や法律を作りそれを人びとに強制している。だからこそ、人びとはルールを破るようになるんです」

「なんか、無理矢理論になってきてない??」

「ルールが破られるのは悪法があるから。法が正しければみんなが自然と従うはずという理論ですね」

 

「六親不和、有孝慈。」

親兄弟が不仲になったからこそ、孝行や愛情が必要とされるのだ。

「国家昏乱、有忠臣。」

国が乱れているからこそ、忠臣と呼ばれている者が居るのだ。

「ここはそのままでもいいですね。親兄弟が不仲でなければ。国が正しく収まっていれば、孝行や愛情や忠臣が大事だ!っと叫ぶ必要も無いっと言うワケです」

「言いたいことはわかるけれど、なんか理想論のような…?」

「それじゃあ、もうちょっと細かく解説して行きましょう」

 

「国家昏乱、有忠臣。」

国が乱れているからこそ、忠臣と呼ばれている者が居るのだ。

「国が乱れても忠臣が居る。さて、その忠臣は何で忠臣と呼ばれているのでしょう?」

「えー、その人が職務に忠実でしっかり働く人だからじゃないの?」

「その考え方は上の人にとって都合の良い考え方ですね。老子が薦める忠臣の考え方はこうなります」

 

「国家昏乱、有忠臣。」

国が乱れて、家臣の多くがその仕事をおろそかにしている。そんな状態だから一人の普通の人を忠臣と呼んで賞賛している。

「国が良く治まっていればみんながしっかり仕事に励むので、際立った忠臣なんて現れるはずがないのです。つまり、老子は支配者を諌めているんですね。貴方がもっとしっかり治めていれば忠臣なんて居ないはずだって」

「あー、なるほど。」

「この観点から全体を和訳しなおして見ます」

 

「大道廃、有仁義。」

支配者が大道に則った政治を行っていれば、仁義なんてものを必要としなくても自然と治まるものだ。

 

「智慧出、有大偽。」

支配者が大道に則った政治を行っていれば、無用なルールなどを作る必要もなく、ルールを破るものも存在しない。

 

「六親不和、有孝慈。」

支配者が大道に則った政治を行っていれば、親兄弟が不和になることもないので、孝行や愛情なんてことを言う必要がなくなる。

 

「国家昏乱、有忠臣。」

支配者が大道に則った政治を行っていれば、家臣みんなが良く勤めるから家臣みんなが忠臣であり、際立った”できるヤツ”なんて存在しないはずだ。

 

だから、仁義や知恵や孝慈や忠臣などが大事だと叫ばれるのは政治が上手く言ってない証拠である。そんなものが現れるようならば、為政者は己の政治を見直さなければならない。

「これは中国哲学全般に言えることですが、『老子』は役人の心得を書いた書物です。だから、為政者はカクアルベシっと非常に厳しい態度をとります」

「なるほどねぇ」

「さて、冒頭でお尋ねしましたが皆さんの中に”できるヤツ”はいらっしゃいましたでしょうか?」

「この理論で”できるヤツ”を考えるっと…...?」

「”できるヤツ”が存在するってことは、その集団が上手くいってない証拠です。早急に管理体制を見直す必要があるでしょうね」

「本当に”できるヤツ”が行う政治っていうのは、”できるヤツ”が現れない状態ってことかぁ」

「重要なのは皆を良い意味で上手く動かすことであって、自分が”できるヤツ”になったり、力を注いで”できるヤツ”を作り出すことではないということですよ」

 

 おしまい

 

参考文献

マンガ 老荘の思想 (講談社+α文庫)

マンガ 老荘の思想 (講談社+α文庫)